1,この制度の始まり

区民葬儀のなりたち

区民葬の始まり

区民葬はまだ葬儀が今のような形態になる前、葬儀がまだ親戚、縁者の手で行われていたころ、料理を持ち寄り、食器を集め、お返し物には葬式まんじゅうを配っていた。子供達はあまり甘いものを口にできない時代だった事もありそんなおまんじゅうを楽しみにしていた。祭壇の脇には今のように生花がたくさんあるわけでもなく、紙で作った蓮華の花が咲いていて、近所の長老が「あたしに任しときなさい!」なんて自信を持って喋っていたころ

そんな時代に出来ました‥

 

区民葬

都民葬の写真

区民葬がどうしてできたのか、それは私たちもほとんどが知りません

そのころの話を私たちより知っている業界の大先輩である当組合の佐久間前理事長から少し
お話を聞いてきました。

 

(ここからは佐久間前理事長から聞いた話をまとめたものです)

区民葬の始まりから現在まで


「 区民葬は昭和24年8月都民葬として発足しました
戦後の混乱期都民の生活が苦しく葬儀を施行することが困難な人々を対象に生活簡素化の
一環として都が作り出した制度です。
生活扶助を受けている人は民生補助により国の費用で葬儀ができたのですが生活扶助を受
けられない人を救うために都が祭壇を持って施行していたとのことです。

やがてその遅学が行き詰まり我々の先代達が組織していた協同組合と協議し昭和24年8月
に都民葬儀として発足しました。

昭和40年4月に都から区に事務移管となり現在の区民葬になりました。
そのころの葬儀は親戚、近所の人々が集まりみんなが助け合って故人を送るといふ生活行事
でした。従って葬儀社は御棺を持っていき祭壇を飾る、葬儀に必要な小物を販売し、祭壇を
リースする事が商売の内容でした。
親戚が少なく近所の人々の手伝いを当てに出来ない現在の葬儀は通夜から葬儀まですべて
葬儀社がお世話をさせて頂くスタイルが主流になっています。

 

通夜、葬儀に葬儀社がいないと言う
事は現在では稀なケースだと思わ
れます。葬祭業はリース業から葬儀
運営のプロデュースをするサービス
業に変わって来ているのです。


区民葬も現在の状況に合わせて変
わらなければならないのかもしれな
いのが現状かもしれません‥‥

当時の霊柩車の広告

お解りになりましたでしょうか?

区民葬は、もともと生活保護を受ける人とほぼ同等の人ための規格葬儀で、料理やお返し物や葬儀の進行などが町の人たちや、親戚一族の手で行われていたころの仕様がそのまま現代に残っています。だから最小限度の葬儀を行うための物品と人的サービスで内容は昭和20年代のまま、いままで大きな変更もなくここまできたのです。

だから金額は低いのです。

決して「安く」葬儀が出来るわけではなく。物もサービスも出来る限り抑えてあるからこの価格でやっていけるわけで、区民葬で提供しているのは、わかりやすく言えば祭壇と棺だけ、人的サービスは火葬場への同行だけ。そこに絞っているから料金は低価格で抑える事が出来るのです。

だめ押し結論を言いますね、お葬式が安く出来るのはなく、ものが少ないので金額は安くお葬式が出来るが正解です。

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